rieco hygge & yoga & climbing

50歳からの第二の人生

振り返り、2023年最後の弥彦山。

2023年11月23日に人生2回目の弥彦山に登ってきた。標高634mの山。
山頂9合目までは、ロープウェイでも、車でも、いくことができるため、多くの観光客が気楽に登頂することができる人気の山だ。


朝日を山頂で見る予定だったけれど、準備に手間取ってしまい、車の中から朝日を拝むことになった。



とても美しかった。
日本海の夕日の美しさは格別だけれど、わたしは朝日が好きだ。



海辺で夕日の余韻を長く味わうことができる夏の夜は、海が近い街で育ったことに感謝できる。
とにかく、夕日の良さは長さだと思っている。



だけど、朝日の場合、瞬間的な美しさがある。空とは思えない色合い(ピンクや紫)で広がる空。それはほんの一瞬で、数分後には、青い空に戻っていたりする。



だからこそ美しい空に出会えると、瞬で今に戻る。
色々思うことがあっても、自然が織りなす美しい空の前では、心を奪われる。
感動して体が震えることもある。そして、元気をもらっている。



朝日を眺めつつ、弥彦山のふもとに到着。駐車場には、そこそこ車はある。この時間帯に参拝する人は少ないだろうから、登山客なのだろう。



前回、弥彦山に登ったときは靴を忘れたなと思い出す。(そのときは、パートナーの靴を借り、彼はサンダルで登頂した(^^;)もうすっかり朝になった。


いつものことながら登山の歩き出しは、あまり好きではない。


一合目付近は、薄暗く、樹林帯が続く。四合目あたりまでは、景色の変化が少なくて、初心者の私にはつまらなく感じたりする。
そんな理由から今回はやり過ごし方を2つ学んできた。


1つ目は「最初の20分をやり過ごせば、だんだんとワクワクしてくる」という言葉。


登山ブログを読んで目に入った言葉を信じて、とにかく登る。視界が開けてくるとともに気分も上がってくる。
木や音、光の差し込み方、もちろん景色が徐々に開けてくるから。


本当にその通りだと実感。


2つ目は「おしゃべりなパートナーの相手をする」ことだ。


口数の少ない彼は、登山をしているときはいつもすごくおしゃべりになる。前に理由を聞いたら、「いつも一人で登るから、たまに人がいると楽しくて話してしまう」からとのこと。


少しあっけにとられつつ、会話に引っ張られていく。
あの景色はいいとか、私への注意(姿勢が悪いとか)、通りすがりの人々には必ず挨拶をして、ずっと口を開いている。
どちらかというと、一人静かに上るのが好きな私。景色や鳥の声を逃したくない。話しかけられると気が散るんだよね、と少しイライラしていた。


最初はうるさいなと思っていたけれど、すれ違うおじさまに


「楽しそうでいいねえ」


と声をかけられた。その時に、あーそうか、こういう楽しみ方もあるんだなとふと思った。
今は二人だから二人の楽しみ方もいいのかと妙に納得した。


そんな会話を楽しみつつ、景色も眺めつつ、確実に山頂に近づいていく。

せっせと登ります


弥彦山は今何合目にいるかがとても分かりやすく、あとどれくらいかがわかるので初心者には本当にありがたい。


1回目のときと違って、あっという間に山頂にたどり着く。日々ヨガをしているおかげで体力がついたこともあり、息もあがることなく無事登頂。


思ったより風が強く、温まったからだがあっという間に冷えていく。
もうすぐそこまで冬が来ているのを感じながら、晩秋に登山できたことに感謝した。
紅葉も美しかった。



おしゃべりしてたパートナーは、一人静かに景色を見ている。
それを横目で見ながら、冷たい風と広がる景色、澄んだ空気を感じながら、しばらくの間ただ座って今を感じていた。



その日の登山も、自分に立ち返ることができた。いつも何かしらの気づきを与えてくれる山は、私にとって大切な存在になりつつある。

三日月と善光寺

連休最後の日、長野の善光寺のライトアップを見にでかけてきました。ライトアップは午後6時からです。
開始まであと30分の善光寺が、雲のない夕暮れの中、月も味方してくれて、息をのむ美しい光景でした。


影絵のような善光寺と、夕暮れ色の空とのバランスが絶妙で、この瞬間はこの時だから体験できたんだと思うと、一瞬一瞬がとても、いとおしく感じてきます。
夕暮れは、1日として同じものはないのだな、とこの世のものはすべて移りゆくという「諸行無常」を感じざるを得ません。けれど、美しいと感じる心はいつだって持っていたいものです。


感動しながらも、お参りを済ませて、おみくじを引き、善行寺前善行寺前でiphoneを待ち構えて待ちました。


6時ちょうどに、ふわっとライトが輝いて、澄んだ空気の中、善行寺が美しく浮かび上がりました。ゆっくりゆっくりと、色が変わっていく様は美しいけれど、あまりの寒さに、じっとしていられなくなり、仲見世を散歩しながら、振り返っては善光寺を眺めました。




それから、ちょっと小道に入って、毘沙門天ののぼりが目に入ったので行ってみることにしました。そこには、横になった釈迦像がいらっしゃいました。(日本で唯一の等身大「銅造釈迦涅槃像」で重要文化財でした。)
七福神巡りもしてみたかったのですが、時間もないのでそれは今度ということにして。


振る舞い酒を頂いたり。
長野の駅ビルのお土産屋さんでは売り切れだった生アップルパイもお土産に購入しました。
思いっきり、楽しく善行寺のプチ旅行を堪能しました。



そんな中、振り返ると、ずっと月がついてきます。



善行寺の美しさにもまして、月に心を奪われてしまい、私は空ばかり見てしまいます。
この日の月は、三日月で、丸い輪郭がくっきりと見えていました。(地球照というみたいです。)


ずっとこの場所で、月をみていたかったけれど、そういうわけにはいきません。それがわかっているからこそ、美しさは増していくのかもしれないです。


今のさまをそのまま覚えておきたくて、目を閉じて心に焼き付けました。


美しさに目を奪われる瞬間は、まさに今を生きていることを感じる瞬間で、このタイミングで同じ月を同じように見上げている人がいるのかなと思うと、心がふわっと温かくなる感じがして、なんだか嬉しくなりました。
そして、時を超えて、武田信玄や上杉謙信も空を見上げて、今を感じていたかもしれないと
思うと、変わらないものもあるのかもしれないなと思いました。


「遠くとも一度は参れ善光寺」納得の一文です。一度と言わず、何度でも足を運びたいです。

Hygge, Fika and Darśana

3連休は何をしようかなって。
頭の中は忙しくて、色々なところにいったり、やったり、してみたけれど。





なーんにもしてないのに、思っただけで、あわあわしてしまいました。





まずは一人でお山に行ってみようって考えたとき、ものすごくワクワクして。
行ってないのにドキドキして(笑)
結局は天気との都合で行けなかったけれど。





それから、不用品を売りに行こうかなってふと思いついたのだけど、
その直後、ネガティブなことばかりがでてくる、でてくる。





人間って。。。





実際にドキドキするようなことが起きたときは、意外とすんなり受け止めて、淡々と対応できるのに。
頭の中だけの出来事で、不安になったり、ドキドキしたり、疲れたりして。






これは、マヤ(幻想)なのに。(ヨガ哲学ですな)





ここは、ヒュッゲしようって切り換えました。





お花を植えたり
ムーミンママと遊んだり



手づくりシュークリームを頂いたり


ロールケーキをむしゃむしゃ


ムーミンと遊んで



山の本を読んだり

悩んだときは山に行け! 女子のための登山入門
悩んだときは山に行け! 女子のための登山入門
平凡社


ピアノの練習をしたり(今はベートーベンの運命、初級向け)


ベランダで、焼肉と鍋をして、楽しいお休みでした。